鯨統一郎『努力しないで作家になる方法』から学んだ小説家デビューの秘策

作家デビューまでの苦難の道のり

『努力しないで作家になる方法』というタイトルを見ると、安易なハウツー本のように思えるが、これは小説である。
作者は推理作家・SF作家として活躍している鯨統一郎で、作者本人と思しき伊留香総一郎(いるかそういちろう)が主人公だ。
物語は、この伊留香総一郎が作家デビューを果たすまでの苦難の道のりを描いている。

わたしはもちろん作家デビューなどしておらず、くだらない作品しか書いてないが、この本にはたしかに作家になるためのヒントがある。
わたしは作家ではないのであまり偉そうなことは言えないのではあるが。

この本、『努力しないで作家になる方法』というお気楽そうなタイトルではあるが、伊留香総一郎は作家デビューまで17年の月日を費やすことになる。
23歳で作家を志し、40歳でデビューである。

『努力しないで作家になる方法』のあらすじ

物語は、伊留香総一郎が32歳のとき、作家を目指してから9年目のところから始まる。
伊留香総一郎には、すでに妻も子もいる。
会社をクビになり、いったんは作家の夢を諦めるものの、諦めきれず執筆を再開する。
新たな職は保険の代理店だが、契約が取れないと、収入は減る。
月に10万円も稼げなくなり、ついにサラ金に手を出す。
そういった苦境の中でも、がんばって執筆を続けていく。

11年目で気づいたこと

いったんは諦めた作家を再度目指すことになったとき、伊留香総一郎は、実は自分が本気ではなかったことに気づく。
かつて投稿していた作品はただの自己満足にすぎなかったのだ!
そして、プロの作品として商品化できるレベルに達するために、これまではバカにしてしていなかった小説の勉強を始める。
ハウツー本を読みあさり、アイデアノートをもっと実用的なものに作り変える。
これが、伊留香総一郎が作家を目指し始めて11年めのことだ。

本気になってもダメ……ではどうすれば?

しかし、なかなか報われない。
その間も、ライバルたちはどんどんデビューしていく。
絶対に大賞を取ってやるという意気込みで書いたファンタジーノベル大賞に応募した作品も、あえなく落選。しかも一次予選で。
伊留香総一郎は落ち込む。

本気になって小説を書いても、なお入選しない。
いったいどうすればいいのか。

最高のアドバイス

あるとき、伊留香総一郎は、むかしの勤め先の専務に出会い、お茶を飲む。
専務は読書家でもあり、伊留香総一郎に影響されて、『SFアドベンチャー』に作品を投稿したこともある。
専務が作品を読ませろと言うので、ファンタジーノベル大賞に落選した作品を渡すことになった。
ところが、酷評され「おもしろくない」と言われてしまう。
しかし、一箇所だけ面白いところがあるという。
それは、小説の本筋とは関係のない部分で、邪馬台国が東北にあることを証明したところだった。
こんなコメントでは慰めにはならないと、伊留香総一郎は意気消沈するが、じつはこれが、のちに伊留香総一郎が作家デビューするための最高のアドバイスになるのだ。

アドバイスが実を結ぶとき

その後も投稿を続けるが、1次予選を通過することがあっても、最終予選は通らない。
そんなある日、本屋でふと『創元推理』を手に取る。
伊留香総一郎は、SFやファンタジー小説を書いてきたが、推理小説は書いていなかった。
ところが、『創元推理』を見ると、3日後に創元推理短編賞の締め切りがあるのを見つける。
間に合わないと思うものの、晩御飯のときの妻の一言をきっかけに、かつて専務にほめてもらったことがあるのを思い出し、短編のアイデアが閃く。
邪馬台国が東北にあることを証明する歴史ミステリを書けばいいのだと。

歴史ミステリとは、歴史の謎を検証するというミステリである。
伊留香総一郎はかつて高木彬光の『成吉思汗の秘密』という小説に感銘を受けていた。
これは、今では有名となった源義経が成吉思汗であることを証明する歴史ミステリである。
『成吉思汗の秘密』は歴史ミステリではあるが、本格ミステリとして分類されている。
ならば、邪馬台国が東北にあるという自分の説も本格ミステリとして創元推理短編賞に応募してもいいはずだと考えたのである。

たった一人ではあるが、この部分はやけに面白いと褒めてくれたのだから、望みはある。
こうして、3日間で『邪馬台国はどこですか?』という小説を書き上げ、応募するのである。

最終候補作へ

そして、ようやく念願の最終候補作にまで残ることになった。
しかし、受賞することはできなかった。
とはいえ、選評で宮部みゆきが褒めてくれたことに意を強くする伊留香総一郎であった。

その一年後、伊留香総一郎39歳、作家を目指してから16年の歳月が過ぎていた。
今度はイエスの謎をあつかった歴史ミステリを応募する。
しかし、一次予選にすら落選。
もうだめだと思った矢先、東京創元社の加藤しおりという編集者から電話がかかってくる。
もっと歴史の謎をあつかった作品はないかとのことだった。
伊留香総一郎は編集者の要請にこたえ、4編の短編歴史ミステリを書き、これまでの2編と合わせて、計6編の短編を1冊の本にしてようやく作家デビューにこぎつけたのであった。

伊留香総一郎が作家デビューした最大のポイント

伊留香総一郎が作家になれた最大のポイントは、どこにあるのだろうか。
11年目で、本気を出し、小説の勉強をしたことも、もちろん無関係ではなく、相当の滋養にはなっているだろう。
しかし、なんといっても、他人が面白いと指摘してくれた部分に特化して、作品をつくりあげたのがよかったのだ。
すなわち、邪馬台国が東北にあるということを証明した部分を、一篇の短篇小説に仕立てたこと。
それにより、凡百の作品から抜け出し、編集者の目に止まることができたのだ。

規格外作品

実際、この「邪馬台国はどこですか?」という作品はかなり異色であったらしく、これを審査した予備選考委員(下読み)は次のように述べている。

邪馬台国はどこですか?」を読み終えた時の私自身の素直な評価は「判定不能」というなんとも歯切れの悪いものであった。
 面白い、たしかに面白い。しかし……これを歴史ミステリと捉えて良いのであろうか?  本選に推すべきか推さざるべきか?
 この判断が、自身の予選委員としての資質評価に直結することを十二分に理解していた私は、正直な話、いささか二の足を踏んだ。
 本選に残った作品は、ある一定の基準をクリアし、複数の目が評価するところの「受賞に足る何か」を持ち合わせた作品ということになる。はたして太刀打ちできるか? 迷いに迷った挙句、私は本選に推すことにした。いざとなったら惚けるしかない。他の選考委員から顰蹙を買うことを想定し、言い訳を山のように用意して予備選考会に臨んだ。何が幸いするかわからない。本作は最終選考まで駒を進めたのである。
(『邪馬台国はどこですか?』解説より)

かなりの規格外の作品であることがお分かりいただけると思う。
正直言って、かなり幸運にめぐまれた作品ではある。
もし違う予備選考委員が読んでいたら、本選に推されなかったかもし
れない。
また、加藤しおりという編集者の存在も大きい。 この編集者は、「文章がプロのレベルに達していない」などの社内の反対を押し切り、単行本にするために、編集者生命を賭けたのである。
もし、このような編集者がいなかったら、伊留香総一郎の作家デビューはなかったであろう。
加藤しおりは作品中で作家にとっては嬉しい、次のようなセリフを言っている。

「こんなおもしろい作品を、誰の目にも触れさせずに埋もれさせてしまうなんて罪です。この作品は、読めば絶対に"おもしろい"って言ってくれる人が大勢いるから、文章のレベルとか言ってる前に、とにかく出版して世に問うべきです。そう言ってがんばったんです」
「しおりさん」
「ダメなら馘にしてくださいとも言いました」
「え?」
「わたし、馘を懸けたんです」
 僕は胸が熱くなった。
「それだけの作品だと思っています」
 一冊の本に、編集者の情熱がここまで関わることを知った。

ということで、伊留香総一郎は編集者にも恵まれていたのである。
作中では、加藤しおりという名前だが、この人のモデルは東京創元社の伊藤詩穂子という編集者で、東京創元社のこのページで『邪馬台国はどこですか?』について一言推薦コメントを残している。
それがまたいい。

この本のお陰で、私は今も会社にいます。

作家になるには一点突破全面展開

伊留香総一郎の、この作家デビューの仕方から考えて、作家志望者はどういう戦略をとるべきか見えてくる。
まず、自分の作品を信頼できる人に読んでもらい、どこか一箇所でも面白いところを見つけてもらう。
そして、その部分をひたすら伸ばす。
文章のうまさとか、構成力とか、そんなものはあとまわしでいい。
とにかく読者が読んで、強烈に印象に残らなくてはならない。
誰の目にも触れずに埋もれさせておくには惜しいというところがとにかく1つあればいい。
とにかくそこに全力を集中すべきではないだろうか。
そうすれば、必ず誰かの目に止まり、やがて世にでることになるはずだ。

と、作家でもないわたしが言うので、説得力は皆無だが、わたしはこの小説からそんなことを学びました。

by カエレバ
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